その弐:私は小判鮫♪
発明者は忙しい。
あまり、基本的な質問をして煩わせてはいけない。
しかし、そういった気遣いの余り、
重要な誤りを見逃してしまうのも問題だ。
基本的には、自分で調べるが、
どうしても分からない場合や資料が無い場合は、
発明者に聞かざるを得ない。
そんなある日のこと。
ある試験方法の記載の中に
”○○率”を求めるための「式」が載っている。
参考書を見ながら
何とか自力で理解しようとするのだが、
多少アレンジされていたため、
どうしても、その「式」の意味するところが分からない。
顔が見えない電話越しの会話は、
メールの遣り取り同様、
言葉のニュアンスが伝わり難い。
しかも、面識すらない今回の発明者さんは、
どうもちょっぴり気難しがり屋さんのようだ。
電話する度に、どんどん機嫌が悪くなって行く。
情けなさで、途方にくれる。
それでもこれだけは心に誓う。
” どんなに叱られて落ち込んでも、
私が担当である限り、
私が納得(理解)できるまで
出願しない!(してはいけない!!)”
殆ど涙目で、電話に張り付く私。
異様な雰囲気に、周りは”耳がダンボ(注1)”状態である。
(注1 → 童話に出てくる「子象」の名前。)
そうして、電話で押し問答をするうちに、
ふと、あることに気付く。
彼(発明者)は、問題の「式」について、
渋々ながら私に説明してくれるのだが、
「A分のB」,「A分のB」と言うのだが、
彼の書いてくれた明細書案には、
「A/B」となっているのだ。
お互い、すぐに気付いても良さそうなものだが、
実際には、「A」,「B」自体が、
それぞれ非常に複雑な式であったため、
「A」や「B」の中身に目が行って、
気付くのが遅れたのである。
電子出願となる前は、
テキストデータでも、
”3行使いの分数”という技が使えたのだが・・・・。
誤解を乗り越え、
真実に到達した二人の間には、
深い絆が生まれる(愛は芽生えなかったが・・・)。
彼からの最後の電話の声は、
今までになく、とても優しいものであった。
「また、何か不明な点があったら、
どんなコトでも聞きに来て下さいね!」
私が特許の仕事が辞められない理由は、
こういうところにもある。